ありんこ書房

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書籍から学ぶ、偏屈・コミュ障の人付き合いに使える5つのクールな思考

      2017/03/14

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胡散臭い記事タイトル!備忘録的な側面が強いです。
御機嫌よう、蟻坂(@4risaka)です。

わたしは読書が趣味ですが、乱読という性質上Kindleストアのセールのタイミングで雑にポチることが多く、自己啓発書のようなものを手にとることも多いです。わりと我が道を行くタイプなのでふーんってふっ飛ばすのが大半ではあります。

しかし、読んで見れば読んで見るほど共通した本質的な主旨を説くものが多いことに気づきまして、そのへんはわたし自身の考え方とも重なるところがあります。

そこで、特に「人付き合い」という観点について、色んな本に大体書いてあった話をざっくり共有してみようと思います。

上手に自分や他人と関わっていくための考え方5つ

見出しまで胡散臭い!!でもわたしの中では論理的に納得できていることなのでちゃんと書きます。一応見出しごとに参考になりそうな本の広告リンクをぺたぺた貼ります。

他人に期待しない

わたしの身の回りに「言ったのにやってくれない」と嘆いたり、「どうしてそういうこと言うんだろう」と憤慨している人が居ます。

……そりゃそうだろと思うわけですが、いかがでしょうか。

わたしは割と性悪説で動いており、「人間なんて自分が一番かわいいから、自分のメリットデメリットを天秤にかけて、いやならやらない」という前提で考えたりしています。

なので、「言ったのにやってくれない」は何らかの理由で相手にとって面倒だったからとしか言いようがありません。そして、それでも動かす場合は「相手の利益や欲求に作用させる」ことが重要になります。これはマーケティングとか心理学の観点からもいろいろな手段が考案されていますね。

身近な例で。【拡散希望】とか極めて効率悪いのでやめときましょう。ひとはあなたの思い通りには動きません、絶対に。「相手にとってどうすれば価値が出るか?」を念頭に置きましょう。

で、そんな風にメリットを土台にしてランダムに動く生き物である前提で行けば、マーケティング思考は役に立ちます。多くの本がこの「他人の動きに期待する」ことをやめたドライな思考を述べています。

あとはそうですね、相手に期待しないことで、思い通りに行かなくても「そういうもんだね」と理解できるようになります。いちいち憤らずに済むというか、「自分のやり方が悪かっただけで、当然の結果である」と反省できるので、次のアクションにつなげることができます。

他人と比較しない

主にメンタル面の話を書いた本の多くは「相対化をやめろ」という主旨のことを説いている印象があります。

例えば、上を見ると「年収が高い」とか「色んな名声を手にしている」とか、そういう嫉妬の感情です。

炎上に参加したりとかして、「上にいる人」を引きずり下ろすとスカッとして自分が上に行ったかのような錯覚を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、残念ながら全く関係ありません

これについては、ジェリー・ミンチントン「うまくいっている人の考え方」という本に愉快な記述がありますので引用します。

なぜ、このような哀れな性癖を持っている人がいるのだろうか。その理由は、自分が他人より優れていると確信できれば、偽りの自尊心を持つことができるからである。つまり、自分より劣っていると思える人の基準を創り出すことによって、自分の価値が高められると思っているのだ。これは、土星が自分の周囲には環があるという理由で火星より価値があると思い込むようなものだ!

ちなみにこの考え方、「下を見る」「隣を見る」場合も同様で、人それぞれ目指すものが違うのであなたの生き方には全く作用しないというのが正直なところです。

効果としましては、「無意味に他人に嫉妬したり見下したりするのにエネルギーやら時間を使うのをやめることで、本当に自分に必要なことに情熱を注げるようになる」ということでしょうか。

言い換えると「夢中になる」ということですね。例えば創作に没頭してる時なんか、楽しくて他人にイライラしたりすることなんか頭から抜けてると思いますが、そんな感じです。どうせ相対化するなら、過去の自分と比べるのがいいでしょうね。

もういっこ、芥川賞作家の田中慎弥さんのエッセイ「孤独論」から引用します。「普通であること」「他人と同調すること」「空気を読むこと」も相対化の一種で、時と場合によっては必要ですが、時には自分の正義に従うのも重要だという示唆を感じました。

友だちの数の多さや、場を盛り上げたり場に馴染むコミュニケーション能力を重宝する風潮は、過剰防衛の虚しい反転にすぎません。そんなものはなくても立派に生きていける。独りになり、陰口をささやかれ、後ろ指を指されようとも、気に病むべきではない。むしろ同調圧力から解放されて、自分を顧みる機会を得たのだから、喜んでいいくらいです。

「いい人」をやめる

誰とでもそつなくコミュニケーションを取る、角が立たない、空気が読める、いい人。わたしはおもしろくねーって思っているので立ち位置が真逆です(それはそれでどうなの)。

いろいろ発信行為をしている方はご存知かと思いますが、何やっても文句言ってくる人は一定数居るんですよ。だったら好きなようにしてもいいんじゃないかなぁ、と思ったりします。

ただ、もちろんただの嫌な奴になれという話ではなく、「働きアリの法則」でいう2:6:2の6:2の部分は嫌われてもなんとかなる、といった印象です。
これについては、「悪人のススメ」という本が上手く補強する話を書いています。

同じ嫌われるのでも、次のような理由で嫌われるのはダメだ。たとえば人に意地悪をする、デカい態度をとる、約束を破る、名誉を傷つける、人を不快にさせるなどなど。これはいけない。
 では、どんな態度で嫌われればいいか。自分の信じるところを主張して嫌われる。妥協しないで嫌われる。みんなと違うことをして嫌われる──こういう嫌われ方の人は、必ず有能な人間が評価してくれるようになる。なぜなら、価値ある嫌われ方だからだ。

なんかやれば必ず評価してくれる人が居ます。「皆から好かれる」よりも「正しく好かれる」が良いでしょう。

ほかに、前節の「他人と比較しない」に関連して。「愚痴っぽい」とか「怒りっぽい」という気質の人にとって「いい人」であろうとしてしまうと、どうしても教養レベルがその辺に落ちる気がします(他人の足を引っ張りたがる気質が伝染する)。そこんとこ、きっと上昇志向のほうがあなたの利益になりますよね。

何かと個性的な発言をする格闘家、青木真也さんの著書「空気を読んではいけない」から引用してみます。

結局、周りの評価なんて、株価と同じようにどうなるかわからない。上がったり下がったり気まぐれなものだ。10年間プロ格闘家をやってきて、賞賛されたり、批判されたり、散々経験してきたが、人の目なんてつくづくいい加減なものだというのが僕の結論だ。
 つまり、今「最悪だ」と周りから言われる仕事も、後にものすごく評価されるかもしれない。大事なことは周りの評価に惑わされることなく、信念を持って仕事を続けることだ。

「いい人」という振る舞いは価値判断の基準が他人にありますが、嫌われても信念を突き通すのは、価値判断が自分の中にあります。これは大きな違いのように思えます。

人付き合いを選択する

「いい人」に関連して、誰とでも仲良くするより人付き合いも断捨離すべきとわたしは思っていて、読んだ本の中にもそれらを示唆する記述が見当たりました。

先程も述べましたが「怒りっぽい」とか「愚痴っぽい」という気質、「何かと卑屈」とか「シニカルすぎる」とか、色んな人がいますが自分にとって付き合わない方がいい人がいるのは事実です。他の人にとってはどうだかわかりませんが少なくともあなたにとって付き合いたくないタイプは必ず居るハズです。

で、わたしの場合浅い関係性は拒絶するというのがあって、中島義道さんの説く「非社交的社交性」という本には、大いに共感できる記述がありました。

私は子供のころから、濃密な人間関係を憎悪してきた。家族、夫婦、友人、師弟等の美名のもとに、互いに相手を支配しようとし、束縛しようとする関係である。麗しい恋人関係、親子関係、友人関係、師弟関係などは、欺瞞以外の何ものでもないと思ってきたし、いまでもそう思っている。とはいえ、完全な孤立は恐かった。とすると、相手をほとんど拘束しない人間関係を望むしかない。具体的には、自己中心的な自立した者同士の淡い関係である。

特に「行動する」という観点だと、うじうじしてる人とか他人を見てばっかりの人はぶん投げて刷新したほうが良いと思います。ナメクジみたいな鈍さとねばっこさと陰湿さが伝染する恐れがあります。

やりたいことは「やったことがある人」と仲良くなれば、あっさり実現に近づくことができます。やりたいことがあれば、「やったことがある人」を探すのが一番の近道です。

ちなみに、そのナメクジ当人である場合どうすれば良いのかというと、こんな風に本を読んでいろいろインプットして、マインドセット(考え方の土台)を自分で更新していくのが良いと思います。

いちいち反応しない

「いじられキャラ」という不幸な立ち位置の人が居ますが、いじられるといい感じのリアクションをするからターゲットにされてしまいます。悲しむとか怒るとか嫌がるとか、そういうのです。

攻撃性の高い人とか変質的な人というのも人の子なので、必ず相手の反応を期待します。ここで使える防御策は「相手が想定しない反応をする」または「反応しない」の2つではないかと考えています。

このほか、自分の中にあるめんどくさい感情(嫉妬、苦悩など)も「反応しないで眺める」というハックを述べている書籍は多いです。ここでひとつ引用してみましょう。「内向型を強みにする」から。

何かの会から抜け出したあと、頭のなかで否定的なモノローグがつづいているのに気づいたら、自分を批判している〝判事〟の姿を思い浮かべてみるとよい。まずその人物に「黙れ」と言い、それから、チャンネルを切り替えて、何か好ましいもののこと――ビーチやキャンプファイア、雪や雨の日のことを考えよう。

人間は1日に数万回思考していると言われています。悪い考えを逡巡させて勝手に鬱屈していくのは極めて無駄な行いなので、反応するのを止めるのが良い、という話ですね。

とはいってもどうすりゃいいんだよってお思いかと思いますので、名著「反応しない練習」からマインドフルネスの考え方を。

これらの二つの方法──①言葉で確認する、②感覚を意識する──は、ブッダが生きていた時代には、「サティ」(sati)と呼ばれていました。禅の世界では「念じる」、瞑想の世界では「マインドフルネス」と呼ばれています。  心の状態をよく見ること、意識すること。そのことで、ムダな反応は止まり、心は静まり、深い落ち着きと集中が可能になります。

具体的には「瞑想」というもので、GoogleやFacebookなどの一流企業がこぞって導入していることで話題を読んでいます。
(参考: 集中力を高めたい同人クリエイターが今すぐやるべきたった1つのライフハック)
(参考: マインドフルネスで、脳を休息させよう | ライフハッカー[日本版])
特に損する要素はないので、だまされたと思って試してみるのも一興です。

話を見出しの最初(いじられキャラ)に戻しますと、自分の感情に反応しないことが相手に反応しないことにつながるのではないかなぁ、と思います。

もちろん暴力や悪意については「反応しない」だけでは無理があるので、公権力などを使って適切に対処する必要がありますが、少なくともネットでちょっとなんか言われた程度であれば、この「反応しない」という考え方は効果があります。「目には目を」は古代の戦略なので現代ではあんまり通用しません

まとめ

以上、なんだか徹頭徹尾胡散臭い記事でした。わたしは本来よくわからん自己啓発書は嫌いなのですが、この辺に関しては大いに共感したので記事にしてみました。

人間嫌いのわたしとしましては、本記事で述べた考え方は常日頃から実践していることです。つまり、特に思考のブレイクスルーになったわけではないのですが、わたしよりながーく生きている著者の方々もそんな風に考えているのだな、と思うといくらか我が道を行くための補強材料になりました。

日頃から盛んに発信されている側の方からしたら今更過ぎる話かもしれませんが、参考になりましたら幸いです。

関係記事: 人間嫌いの偏屈でも同人作家をそれなりに楽しむ3つのルール

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